東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)162号 判決 1982年1月27日
原告
富士通株式会社
被告
沖電気工業株式会社
右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第1当事者の求める裁判
原告は、「特許庁が昭和51年審判第3732号事件について昭和54年8月17日にした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第2当事者の主張
(原告)
請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「半導体装置の試験方法」とする特許第603326号発明(昭和41年7月11日特許出願、昭和43年12月10日出願公告、昭和44年8月11日補正、昭和46年4月16日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、昭和51年4月16日本件発明の特許を無効にすべき旨の審判を請求した。この請求は昭和51年審判第3732号事件として審理されたが、昭和54年8月17日本件発明の特許を無効とする旨の審決があり、その謄本は同年9月1日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
半導体基板中の導電領域を画定するPN接合が基板表面に延在していて、絶縁保護皮膜で覆われ、電極リードが該保護皮膜上にあつて、該PN接合を横切つている半導体装置の該接合に該リードを一電極として、ブレークダウンを起さないような逆電圧を印加し、保護皮膜中の可動イオンが動き得る様な高温で一定時間放置し、その後、逆電圧を印加したまま冷却させて、該リード下の保護皮膜と半導体の界面に集中したキヤリアを固定させ、この固定キヤリアによる特性の変化を測定することを特徴とする半導体装置の試験方法。(別紙第1図面参照)
3 審決の理由の要点
本件発明の要旨は前項記載のとおりのものと認める。
本件発明の特許出願前領布された刊行物・IBM Journal of research and development Volume 8 Number 4 sep. 1964 p. 376~379(以下「引用例」という。甲第3号証)には、本件発明の構成要件中、「半導体基板中の導電領域を画定するPN接合が基板表面に延在していて、絶縁保護皮膜で覆われ、電極リードが該保護皮膜上にあつて、該PN接合を横切つている半導体装置の該接合に、該リードを1電極としてブレークダウンを起さないような逆電圧を印加し、保護皮膜中の可動イオンが動き得る様な高温で一定時間放置し、その後、逆電圧を印加したままで冷却させて半導体装置を試験する方法」が、記載されているものと認められる。
なお、本件発明における「半導体の界面に集中したキヤリアを固定させ、この固定キヤリアによる特性変化を測定する」ということについては前記引用例のアブストラクトの項に「不安定な二酸化硅素を有するトランジスタの劣化は、二酸化シリコン中の正の空間電荷によつて引き起こされる」の記載があり、しかも上述のように構成においても格別の相違が認められない以上、引用例記載のものにおいても、同様のことが生じているものと認められる。
したがつて、本件発明は、引用例に記載された発明と格別の相違は認められず、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであるから、同法第123条第1項の規定により無効とすべきものである。
4 審決の取消事由
審決は、本件発明と引用例記載のものとの対比判断を誤り、その結果、本件発明が引用例記載のものと同一であるとの誤つた判断をしたものであるから、違法である。以下に詳述する。
1 審決は、前記3、項における引用例記載のものの認定に先立ち、「トランジスタの良、不良がSiO2保護膜にP2O5が含まれるか否かに起因することを調べるといつても、それは、とりも直さず、トランジスタの保護膜に関する特性試験を行なつているものであり、また、安定化度の試験といつても、これも結局は、特性が安定しているかどうか、つまり、特性の変化があるか否かを測定しているに他ならない。」としている。審決は、この判断を前提として、引用例には本件発明と同様の半導体装置の試験方法が記載されていると認定しているのである。
しかしながら、引用例記載のものは、あくまで、SiO2の膜中のP2O5の影響を調べるという実験において行なつた方法であつて、本件発明の半導体装置の試験と同一のものではない。本件発明は、保護膜に関する特性試験方法ではなく、また、特性の変化の測定法でもない。本件発明は、実際の製品たる半導体装置の良否を判断する試験方法である。
すなわち、引用例記載のものは、実際の製造工程における製品の試験方法ではなく、保護膜の効果、つまりSiO2保護膜中におけるPiO5の影響を調べるための実験として行つた方法であるのに対し、本件発明は、実際の製品の製造工程における製品の試験方法に関するもので、前者の方法とは明らかに異なるものである。
2 次に、審決は、前記1に指摘の判断につづいて、「さらに、PN接合を横切つているゲート電極も、『この場合、エミツタ電極接続が延在している場合を擬して、ゲート電極はエミツタ電位に保たれた』の記載からみて、PN接合を横切つている電極リードに対応するものと認められる。」と認定し、この認定に基づいて前記のような引用例に関する認定判断を示しているが、この認定もまた誤りである。
すなわち、右の認定は、引用例における「この場合、エミツタ電極接続が延在している場合を擬して、ゲート電極はエミツタ電位に保たれた」との記載を根拠にするものであるが、本件発明が対象としている試験方法は、半導体装置(実際の「製品」を意味する。)に関するものであつて、実際の製品には存しない、わざわざ附加したゲート電極をもつて本件発明における電極リードと対応させることは不当である。半導体装置において通常の動作を行なわせる場合、それに必要な電流或いは電圧を与えるものが電極であり、バイポーラトランジスタにあつては、それはエミツタ電極、ベース電極、コレクタ電極であつて、引用例記載のものにおけるゲート電極は通常のバイポーラトランジスタにおいては用いられないものであつて、本件発駅における電極リードと対応させるべきものではない。
通常の半導体装置の製造工程において必要なことは、可能な限りの工程の短縮である。このことは、製造工程中の試験工程においても同様である。したがつて、その試験工程において、引用例記載のもののように、特別のゲート電極に付加して試験をすることは常識的にみて考えられないことである。また、試験のためにゲート電極を附加すれば、実際の製品と異なつたものとなるのであるから、そのような方法は実際の製品の試験方法としては採用できないことである。したがつて、引用例記載の試験方法は本件発明の試験方法とは異なるものであり、引用例記載のもののゲート電極と本件発明における電極リードとを対応させることは許されないものである。
また、本件発明と引用例記載のもののいずれにおいても、高温逆バイアス印加段階は、試験期間の前段階であつて、それ自体が試験というものではなく、本件発明における試験とは、高温逆バイアス印加段階を経て、更に特性の変化を測定する段階を経た上で完了するものであるから、単に高温逆バイアス印加段階におけるゲート電極の電位について論じても意味がない。この点、引用例記載のものは、ジヤンクシヨンストレス試験の場合、高温逆バイアス印加段階ではゲート電極をエミツタ電極に接続しておくが、それ以後はゲート電極をエミツタ電極から切離してゲート電圧とエミツタ・コレクタ間電流ICEXとの特性の変化を見ることにより試験を行なうもので、ゲート電極を用いた特殊な実験的試験方法を示しているにとどまり、一般通常に製造される半導体装置の試験方法を示すものではない。
3 これを要するに、本件発明の試験方法は、従来の長時間試験に対して短時間で半導体素子の寿命を判定可能とすることを目的とし、その構成要件に示されるような非破壊の半導体装置試験方法を完成させたものである。この非破壊試験の施される半導体装置とは、通常製造される製品であつて、良品は良品として提供する試験方法であるから、試験対象たる半導体装置(製品)に不要なもの或いは将来良品たることを損ねるような物を備えてはいない。これに対し、引用例に示されるゲート電極付きのトランジスタは、通常製造される製品ではなく、また、試験の結果が良好だからといつて良品として提供されるものでもないのである。
そして、実験室では引用例記載のもののようにゲート電極を附加して実験を行なうことも可能であるが、実際の製品の製造工程では不可能なことである。
以上のとおり、本件発明は、製品として製造される半導体装置を試験の対象として、当該装置が備える電極リードを1電極として逆電圧を印加し、高温放置試験を行なうもので、試験の対象物を含めてはじめて技術思想を構成することができるものである。これに対し、引用例記載のものは、試験用として通常の半導体装置にゲート電極を附加したものに対する実験的試験方法であつて、逆バイアス高温を加えたときにチヤンネルが生成するという原理を示しており、その限りにおいては本件発明と原理を同じくするもとではあるが、試験対象を含めた半導体装置の試験方法としての技術思想という点においては、両者は明らかに相違するものである。
(被告)
請求原因と認否と主張
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の主張は争う。
1 その1の主張について
原告の主張は失当である。
本件発明の試験方法は、半導体装置における保護皮膜中の可動イオンの量の大小が保護皮膜と半導体との界面に集中するキヤリアの量の大小の原因となつていることに着目した試験方法であつて、それは、可動イオン量による半導体装置の特性の変化の試験方法ではあるが、同時に、また、保護皮膜に関する特性の試験方法であるということもできる。
他方、引用例記載のものは、保護膜の特性を試験するといつても、保護膜中の可動イオンの量が界面に集中するキヤリアの量に原因を与え、ひいてはトランジスタの良否に影響を与えていることを試験するものであり、それは、とりも直さず、トランジスタの良否を判断する試験方法でもある。
したがつて、保護膜の効果を調べるための試験方法であるか、半導体装置の良否を調べるための試験方法であるかは、本件の場合には単なる文言上の相違に過ぎないのであつて、両者の試験方法は、同一の原理に基づき、同一の方法で行なうものにほかならない。
2 その2の主張について
原告の主張は失当である。
引用例記載のものにおいて、ゲート電極が設けられている場合には、審決認定のように、エミツタ電極接続が延在している場合を擬してゲート電極はエミツタ電位に保たれているのであつて、電気的には、エミツタ電極と全く同一である。
すなわち、引用例(甲第3号証)の第377頁の第1図(別紙第2図面参照)に示されているように、ゲート電極リードは、エミツタ接合及びコレクタ接合を広い面積で横切つて両接合に平行に細長く延在するように設計され、ゲート電極は他の電極と同じく逆電圧を印加するためのものであるが、これは試験による特性の変化を顕著に生じさせるために設計されたものである。そして、エミツタ電極リードに印加される電位と同じ電位がゲート電極に印加されると、エミツタ電極リードが延在している場合を擬したことになり、ゲート電極直下の保護皮膜と半導体との界面には、エミツタ電極リード直下の保護皮膜と半導体との界面にキヤリアの集中が起ると同様にキヤリアの集中が起り、これによつてトランジスタの特性の変化が顕著に測定可能となるのである。
したがつて、引用例記載のものと本件発明を対比すると、引用例記載のものにおいてはゲート電極が附加されている点が相違するが、一般に、試験の結果を顕著に生じさせるために、作用する領域(面積)を拡大するような方法をとることはごくありふれた考え方であるから、右のような相違点は、かかるありふれた思考方法に基いて採用された補助手段としての技術的意味を有するにすぎないものというべきである。
そして、引用例記載のものには、右のように試験の結果を顕著ならしめるために附加された補助手段としてのゲート電極があるけれども、その存在にも拘らず、PN接合を横切つている電極(エミツタ電極)を1電極として逆バイアスを附加することによる試験方法がそつくり示されているのであるから、その点において本件発明と異なるところはない。
なお、引用例記載のもののように、試験の補助手段としてのゲート電極を附加することが製作上面倒な作業を必要とするとしても、試験方法の発明としては同効の電極リードを加えたにすぎないものであるから、これをもつて本件発明の電極リードに対応させることを妨げるものではない。
また、トランジスタの製造方法を考えれば、実際の製品にゲート電極を附加することができないのは当然のことであるが、実験的な試験方法としてゲート電極を附加することは、当該試験方法の本質に変更を加えるものでもないから、発明としてみるかぎり、ゲート電極と本件発明における電極リードとを対応させることに何の妨げもない。
以上のように、引用例記載のもののゲート電極は、試験の結果を顕著に生じさせるための補助手段であるが、この補助手段を除いてみれば、エミツタ電極はエミツタ接合、コレクタ接合を横切つており、エミツタ電極を1電極として本件発明と同一の試験をしているのであるから、そこには本件発明が技術的思想としての一体性を保持しながら存在しているといえるのである。また、ゲート電極部分を除外しないで全体として把握した場合においても、このゲート電極部分が補助手段として附加されているために発明としての本質を変更するものではなく、本件発明と同一の技術的思想を把握することができるものである。
3 以上要するに、引用例記載のものと本件発明の両者の試験方法は、同一の原理に基づいて同一の手段を用いるものであつて、保護膜の効果を調べるための試験方法であるか、半導体装置の良否を調べるための試験方法であるかは、本件の場合、単なる文言上の相違にすぎない。そして、引用例記載のものも、本件発明と同様に、非破壊試験であることに変りはなく、そこには、いかなる半導体装置にも適用可能な技術が開示されているのであり、他方、本件発明は、半導体装置の試験方法で、半導体装置を特別なものに特に限定していないのであるから、両者が試験の対象を異にするという原告の主張は失当である。
第3証拠関係
原告は、甲第1号証、第2号証の1・2、第3号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。
被告は、乙第1号証の1・2、第2及び第3号証の各1ないし3を提出し、甲号各証の成立を認めた。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 その1の主張について
原告は、引用例記載のものは保護膜の効果、すなわちSiO2保護膜中におけるP2O5の影響を調べるための実験として行なつた試験方法であつて、ゲート電極を附加した試験用半導体装置を試験対象とするものであるのに対し、本件発明は通常の製品として製造される半導体装置の良否を調べるための試験方法、すなわち実際の製品の製造工程における製品の試験方法であつて、両者は同一ではない、と主張する。
よつて検討するに、当事者間に争いのない本件発明の要旨(請求原因2項)によれば、本件発明は次の各要件から構成されているものということができる。
(a) 半導体基板中の導電領域を画定するPN接合が基板表面に延在していて、絶縁保護皮膜で覆われ、電極リードが右の保護皮膜上にあつて、右のPN接合を横切つている半導体装置であること。
(b) 右のPN接合に右のリードを1電極として、ブレークダウンを起さないような逆電圧を印加すること。
(c) 保護皮膜中の可動イオンが動きうるような高温で一定時間放置すること。
(d) その後、逆電圧を印加したまま冷却させること。
(e) 前記リード下の保護皮膜と半導体との界面に集中したキヤリアを固定させること。
(f) この固定したキヤリアによる特性の変化を測定すること。
(g) 半導体装置の試験方法であること。
そこで、右(a)~(g)の要件が引用例記載のものに存在しているか否かを検討する。
(a)の要件について
成立に争いのない甲第3号証(引用例)によれば、その第377頁第1図(別紙第2図面参照)には、半導体基板中の導電領域を画定するPN接合(エミツタ・ベース間の接合及びベース・コレクタ間の接合)が基板表面に延在していて、絶縁保護皮膜SiO2で覆われ、電極リード(右図面に示されるものにおいては、エミツタ電極リード、ベース電極リード及びゲート電極リード)が右保護皮膜上にあつて、右PN接合を横切つている(右図面の特に上段の図面参照)半導体装置が示されていることが認められる。
(b)の要件について
前掲甲第3号証(その第377頁右欄の「試験条件及び測定」の項)によれば、引用例には、「トランジスタは何回かのストレス条件を受けた。しかし、使用した最も普通のものは、コレクタ接合とエミツタ接合にそれぞれ12Vと4Vの逆バイアスを加え200℃に保つものであつた。この場合、エミツタ電極接続が延在している場合を擬してゲート電極はエミツタ電位に保たれた。このテストは接合ストレスと呼ばれ、通常のトランジスタの加速寿命試験の条件にできるだけ近付けるように設計された。」と記載されていることが認められる。
この記載によると、前記(a)の要件について述べた電極リード、すなわちエミツタ電極リードを1電極としてエミツタ接合に4Vの逆バイアス(この値が前記エミツタ接合のブレークダウンを起さないような逆電圧に相当することは、成立に争いのない乙第2号証の2によつて明らかである。)を印加することが示されているのであるから、このことは本件発明の前記(b)の要件に対応するものである。
そして、前記逆バイアスの印加段階においては、ゲート電極がエミツタ電位に保たれている、換言すれば、エミツタ電極と接続されているのであるから、このゲート電極も、本件発明の要件(b)における逆電圧を印加する1電極であるということができる。
(c)の要件について
この(c)の要件は、前掲甲第3号証の記載(第377頁右欄の「試験条件及び測定」の項)中の「……200℃に保つものであつた。……」の記載に対応するものである。すなわち、成立に争いのない甲第2号証の1によれば、本件発明の特許公報(その第1頁右欄第6行~第7行及び第15行~第16行)には、半導体に加えるべき温度に関し、「この150℃という温度は被膜中のイオンが移動するのに充分な温度であり、……」「200℃の温度に保持して50時間放置する。」と説明記載されているのであるから、前記甲第3号証(引用例)に記載の「200℃」は、「保護皮膜中の可動イオンが動きうるような高温」に該るものということができる。
(d)の要件について
前掲甲第3号証(その第378頁左欄)によれば、引用例には、「ストレスをかけている間にインターバルを置いてトランジスタはバイアスを加えられたまま室温まで冷却された。」との記載があることが認められる。この記載の冒頭にある「ストレス」は明らかに、逆電圧を印加することを意味するのであり、結局、右の記載は逆電圧を印加したまま室温まで冷却することを意味するものである。このことは、成立に争いのない乙第1号証の2(甲第3号証と同じ刊行物の第384頁)に、「このテストにおいて、装置は、室温に冷却される間、逆バイアスに保たれていなければならない。」と記載されていることからも明らかである。
そうすれば、本件発明の前記(d)の要件は、引用例における前記々載に対応するものである。
(e)の要件について
前掲甲第3号証(その第376頁のアブストラクトの項)によれば、引用例には、「これらの実験は、不安定なSiO2を有するトランジスタの劣化が二酸化シリコン中の正の空間電荷の蓄積によつてひき起されることを示している。」との記載があることが認められ、この記載は本件発明の前記(e)の要件に対応する技術事項を示すものというべきである。すなわち、前記(b)及び(c)の要件に規定するように、高温で逆電圧印加を行なうことによつて二酸化シリコン中の正の空間電荷の蓄積が起ると、これに伴つてシリコン中の電子が引きつけられて集中し(この現象を、前記電極リード下の保護皮膜と半導体との界面にキヤリアの集中が起つた、ということができる。)その後、要件(d)に規定するように冷却させることによつて、この集中したキヤリアを固定させることができるのであるから、引用例の前記記載は本件発明と同一の現象を生じさせているものということができるからである。
(f)の要件について
前掲甲第3号証(その第378頁左欄の「結果」の項)によれば、引用例には、「すべての測定された値の中でICEXが2つの種類のストレスに対し最も敏感であり、他の値はICEXと同じ方向に動くことが見出された。したがつて、冗長な情報を除去するためにICEXのみの測定結果を示す。AとBの装置におけるICEX対ゲートバイアスのサンプルカーブを第2図に示す。……この結果は、第2図に示され、A装置のカーブは処理の前と後とでほとんど同一であるのに対し、B装置では大きく移動している。」との記載があることが認められ、この記載は本件発明の前記(f)の要件に対応する。すなわち、引用例記載のものも、上記(b)ないし(e)の操作過程を経る前と後とにおける特性の変化(この変化が前記固定キヤリアに起因することは明らかである。)を測定しているものということができるのである。
もつとも、本件発明においては測定すべき特性を特に限定していないのに対し、引用例記載のものにおいては、その特性として、ゲートバイアスに対するコレクタ電流特性(VGBを変化させた場合のICEXの特性)を取り上げて、その特性の変化を第2図に示しているが、要するに、前記固定キヤリアによる特性の変化を測定している点で、本件発明と変りがない。
(g)の要件について
前掲甲第3号証(その第376頁のアブストラクトの項の冒頭)によれば、引用例には、「SiO2層の上のリンシリケートガラス層を有するものと有しないもののブレーナーnpnシリコントランジスタの安定性についての測定に関する報告である。」との記載があることが認められる。この記載から明らかなように、引用例のものは、SiO2保護膜上にリンシリケートガラス層を有するものと有しないものとについて、トランジスタの安定性(良否)を測定するものであるから、引用例記載のものも「半導体装置の試験方法」であることに変りはないというべきである。
原告は、引用例記載のものは保護膜の効果(すなわちSiO2保護膜中におけるS2O5の影響)を調べるための実験として行なつた方法であるのに対し、本件発明は実際の製品の製造工程における製品の試験方法であるから両者は異なるものであると主張するのであるが、引用例記載のものは、前記(g)の要件について既述したように、SiO保護膜上にリンシリケートガラス層を有するものと有しないものについて、トランジスタの安定性(良否)を測定、試験する(その測定原理は、既述のように、保護皮膜中の可動イオンの量の大小が、保護皮膜と半導体との界面に集中するキヤリアの量の大小の原因となつていることに着目し、高温下の逆電圧印加により比較的短時間にかかるキヤリアの集中を起させ、それに基づくトランジスタの特性の変化を測定して、トランジスタの安定性を判断する。)ものであつて、結局、それはトランジスタ(半導体装置)の良否を判断する試験方法ということができるから、本件発明における「半導体装置の試験方法」に該ることに変りはない。
また、原告は、本件発明において試験の対象にしているのは実際の製品たる半導体装置であるのに対し、引用例記載のものが試験の対象にしているのはゲート電極を附加した試験用の半導体装置であるから両者は異なるものである旨主張しているが、本件発明の要旨に規定された「半導体装置の試験方法」についての発明としてみた場合、後記2、の項で示すように、ゲート電極の有無によつて発明の実質が異なるものになるとは認められないので、原告の主張は理由がない。
2 その2の主張について
原告は、引用例記載のもののゲート電極を本件発明の電極リードに対応させることは誤りであると主張する。
よつて検討するに、前記1の(b)の要件について既述のように、エミツタ接合に逆バイアスが印加される段階においては、エミツタ電極接続が延在している場合を擬してゲート電極はエミツタ電位に保たれといるのであつて、結局、このゲート電極も、エミツタ電極と同様に、本件発明の要件(a)に規定するように保護皮膜上にあつてPN接合を横切つている電極であり、しかも本件発明の要件(b)に規定するような逆電圧を印加するための1電極ということができるのである。
そうすれば、引用例記載のもののゲート電極も本件発明の電極リードに対応するものということができるのであつて、原告の主張は理由がない。
もつとも、引用例記載のものにおいては、エミツタ電極自体が本件発明の電極リードに対応していることも明らかであるが、前記のとおり、逆バイアス印加段階においては、ゲート電極はエミツタ電位に保たれて、ゲート電極直下の保護皮膜と半導体との界面には、エミツタ電極直下の界面にキヤリアの集中が起ると同様に、キヤリアの集中が起り、結局、このようなゲート電極を附加することによつて、エミツタ電極に逆バイアスを印加した場合のトランジスタの特性の変化を、より顕著に生じさせているもの、換言すれば、逆バイアス印加段階においては、ゲート電極は、特性の変化を顕著に生じさせために、エミツタ電極に附加された補助電極とみることが可能なものであつて、こうしたゲート電極を附加したところで、エミツタ電極を1電極として逆バイアスを印加するようにした前記試験方法としての技術的思想の実質には何の変りもないものである。
なお、前掲甲第3号証の第377頁~第378頁の「試験方法及び測定」の項の記載によれば、引用例記載のものにおけるゲート電極は、逆バイアス印加段階を経て特性の変化を測定する段階になれば、エミツタ電極から切り離され、所定の特性を測定するための1電極として使用されていることが認められるが、本件発明においても、逆バイアスの印加によつて保護皮膜と半導体との界面にキヤリアを集中、固定させた後においては、単にこの固定キヤリアによる何らかの特性の変化を測定することを規定しているのみで、その測定方法を具体的に限定している訳ではない。要するに、かかる固定のキヤリアによる特性の変化を測定する点において、両者は同一の技術であるといわざるを得ないのである。
3 その3の主張について
以上要するに、引用例に示される半導体装置には試験用として通常の半導体装置にゲート電極が附加されているのに対し、本件発明の「発明の詳細な説明」において試験の対象物とされている半導体装置は通常の製品として製造される半導体装置(前記ゲート電極を備えないもの)であるけれども、引用例に示される前記試験方法においては、右ゲート電極は特性の変化を顕著に生じさせるための補助手段とみるべきものであり、結局、本件発明も引用例記載のものも、両者は共に、保護皮膜上にあつてPN接合を横切つている所定の電極リードを利用してPN接合面にブレークダウンを起さないような逆電圧を加え、さらに、保護皮膜中に混入した可動イオンが動き得るような高温を加えて、半導体表面(保護皮膜との界面)にキヤリアの集中を起させ、その後、逆電圧を加えたまま冷却させて右の集中キヤリアを固定させ、それによる特性の変化を適宜の手段により測定することを特徴とする半導体装置の試験方法であることにおいて一致するものであるから、両者を同一の発明であるとした審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。
3 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(石沢健 藤井俊彦 清野寛甫)
<以下省略>